
「体験からしか生まれない知」ー 生命に学び、今ここに生きる ー
カムワッカ 宇井新・のどか
自然食品店「まほろば」を1983年に創業し、世界に冠たる浄活水器「エリクサー」を開発された宮下周平さん・洋子さんご夫妻は、現在、北海道仁木町の「まほろば自然農園」で、100種以上の野菜を育てながら、その恵みを日々、札幌の「まほろば」へと届けている。
まほろば自然農園を訪ねたその日、庭先にはりんごの花が咲き始めていた。話は、りんごの種の話から始まった。
「富士の種から育てても、富士にはならない。先祖返りをするし、その土地の風土によって、姿を変えていく。だから、何になるかわからないんだよね」
そう語る宮下さんご夫妻の言葉には、“育てる”というより、“自然の変化を見守る”という感覚が滲んでいた。話はやがて、農業から睡眠へ、禅へ、食へ、日本人の感覚へと広がっていく。雑談のように交わされる言葉の中には、長い年月をかけて身体で掴み取られた実感が宿っていた。
わからないまま、ゼロからスタートし、失敗し、気づき、学ぶ。そうした日々の積み重ねの中から立ち上がってきた、生命から学ぶ知だった。現代社会の速度から少し離れながら、まほろば農園で過ごした時間の背景には、「人はどう生きるのか」という問いが響いていた。
今日1日の体験は、どんな力を宿しているのだろうか。
ノウハウより先に、失敗がある。
まほろば自然農園のりんごの木に、花が咲いていた。白い小さな花が、枝先にまとまって開いている。
「去年、折れたんですよね」
摘果をしなかった。花をそのままにしておいたら、実が重くなりすぎて、枝が自重に耐えられなくなった。ぽきり、と。
「折れると下からの栄養が上がってこないから、元気がない。皮一枚で持ってる状態になる」
それでも今年、その枝に花が咲いた。皮一枚でつながった枝が、春になると白い花をつけた。
「すごいな、と思って。皮一枚で花が咲く。こういうことがあり得るのか、って」
その驚きは、教科書には載っていない。摘果の必要性は、農業の研修でも最初に教わることのひとつだ。だが宮下さんは言う。「なぜ摘果するのか」を、枝が折れてはじめて理解した、と。
「木って、こんなふうに生きるんだ」
という驚きが、自分の中に生まれる。宮下さんは、その“驚き”こそが学びなのだと語る。
知識として知ることと、体験として理解することは違う。むしろ、最初から知識を入れすぎることで、人は現実を見られなくなることすらある。

「最初から教え込むな」
農業の世界にも、先輩から後輩へ受け継がれるノウハウがある。こうすればこうなる、という段取りの体系だ。それを最初に教わり、その通りにやる。効率はいい。失敗も少ない。
だが宮下さんは、それに違和感を持っている。
「ノウハウは頭にあって、こうすればああなるって、その段取りから全部教わってやるんだけど、画一的なものしかできないんだよ」
りんごはこうやって育てる、と教わったら、「こうしなければならない」と思い込んでしまう。慣行農法はそれでいいかもしれない。けれども自然な農業は、そうはいかない。木一本一本が違い、土が違い、年によって気候が違う。
「ゼロのゼロから始めた方がいい。本当に」
完全な初心者として、わけもわからず始める。失敗し、失敗から学び、また試みる。
「折れる、という体験が非常に大切なんだ」という言葉は、農業だけを指しているようには聞こえなかった。
仕事も、学びも、子育ても、人との関係も、現代社会は、あまりにも“答え”を急ぎすぎている。けれども、本来の理解というものは、失敗したり、困ったり、立ち止まったりする中でしか、生まれてこない。

当事者になること
話の中で、宮下さんが繰り返した言葉がある。
「当事者」
「どんなことでも、些細なことでも、人生というのは当事者になることで深く思いやることができる。体験しないと、頭の中の合理だけで大きくなってしまう」
今の教育や研修への問いでもある。情報として知っていることと、体験としてわかっていることの間には、厚い壁がある。その壁を越えるのは、知識の量ではなく、自分がその場に立ったという事実だけだ。
ただ情報を知るだけではなく、自分の身体で経験し、試し、悩み、変化していく。その過程そのものが、“生きた学び”なのだ。
折れることが、教えてくれる
摘果をしなかったリンゴの枝は折れた。それ自体は失敗と言える。だがその失敗がなければ、宮下さんは摘果の意味を本当には理解しなかった。
さらに宮下さんは言う。
「折れた枝を、台木に挿してやれば、そこから再生する。そういうダイナミックなことができるんだということを、体験として教わるわけだ」
接ぎ木による再生。皮一枚でつながった枝に咲く花。失敗の先にある、生命の力。それは農業の話であると同時に、人の話でもある。
「一つ一つの体験には時間がかかるし、苦労する。けれども面白い。それは遠回りに見えるが、絶対の近道」
宮下さんはそう言い切って優しく微笑んだ。
次章では、宮下さんが交通事故をきっかけに向き合うことになった「睡眠」の話をお届けします。動けなくなった床の中で、宮下さんは何を発見したのか。

















