
第一回『手しごと』とつながる、私たちのつながり ~ごあいさつ、この場のご案内~
みなさん、はじめまして。
僕は、これから始まる連載記事『手しごと』ウエルビーイング のナビゲーターを担当することになった冨田貴史という者です。
これから月に1回のペースで、13回にわたって記事を書いていきます。それなりに長い旅路になると思いますので、どうぞ気楽に、リラックスしてお付き合いいただけましたら幸いです。
「手しごと」ってなんだろう?
はじめに、「このブログはいったい何なのか」とか「僕はいったい誰なのか」ということをお伝えしてみようと思います。
味噌づくりにしても、餅つきにしても、なにかの「手しごと」を何人かで行なうような場に招かれたら、その場がどんな場で、そこにいる人たちがどんな人たちかを知ることで、その場に居る時の「居心地」みたいなものが変わることがありますよね。
まずこのブログは、ひとことで言うと「手しごと」をテーマにしたものです。この部分に関しては、連載の中で変わることはないと思います。
ここで「手しごとってなんだろう?」と思う方もいるでしょう。「私は手しごとを体験したことがない」そう思う方もいるでしょうし、「私は手しごとをしている」という認識があるからこそ「ここで言う手しごとっていうのはどういうものなのか」と思っている方もいるかもしれません。このあたりのことについては、この連載が回を重ねていく中で、皆さんと一緒に解きほぐしていけたらと思っています。
特に4回目以降からは、キッチンで出来る手しごとの事例を紹介したり、味噌づくりや塩づくりのような、何人かで集まって行なうような手しごとの実践例やエピソードを紹介したりもしていきます。
皆さんからの「こんな事が知りたい」「こんなテーマを取り上げてほしい」といったリクエストにも柔軟にお応えしながら進めていきます。そのようなプロセスの中で、「ふむふむ。そういうことね」となってもらえたら、嬉しいです。



ちなみに今「手しごと」という言葉を辞書で引いたら「手先を使っておこなう仕事」と端的に書かれていました。こうなると
「手先とは?」
「仕事とは?」
というところを解きほぐしていきたくなります。
手とは?仕事とは?なんだかとても興味深いテーマだな、と感じてしまいます。カムワッカのアラタさんが、この取り組みを始めるためのミーティングの中でこんな事を言っていました。

どんな世界を望むのか。自分たちの暮らしを、身の回りの社会を、どんな風にみていきたいのか。
そういった問いと向き合いながら、目の前のしごとに向き合う。世界、時代、地球といった大きなストーリーだけじゃなく、日々のことに目を向けていく。
そして、日々の事をやっているんだけど、大きなストーリーとつながっている。そんな感覚を大事にしたい。
なんとなくやる、のではなく、疑問や興味関心を育みながら「手しごと」していく。
考えや問答にばかり夢中になって、手元がおろそかになる、ということがないようにしていく。このバランスは、仲間がいて、一緒に語らったり、一緒に手を動かすことで保たれることもあるかも知れません。
そんなこともあって、この記事も「カムワッカのメンバーの声も聞こえてくるようなもの」にしたいと思います。
そしてもう一つ大事なこととして「手しごとってなんだろう」という問いを持ったまま13回の連載を進めていきたい、と思っているということがあります。「ここからここまでが手しごと」という領域を早々につくることなく、むしろ「手しごとという認識そのものが変わってきた」という実感が、僕自身の中、カムワッカの中、皆さんの中で生まれていったら、とてもステキなことだなと思っています。
そろそろ自己紹介を

冨田貴史
さて、そろそろ「で、あなたはどなた?」という疑問が膨らんできているかも知れません。また、この連載のテーマである「手しごと」についても、僕の自己紹介を聞いていただくことで、「ああ、例えば手しごとってそういうこととかも含まれるのね」と思ってもらえたりするかも知れません。
僕は普段、大阪市内の中津という場所で、「冨貴工房」という名前の小さな作業所を営んでいます。また、この工房では書籍やぬり絵などを作ったりもしています。その時は「冨貴書房」と呼んでいます。
大阪市北区にある「中津」は、大阪湾から8キロほど遡上した淀川のほとり。
僕が居る場所は、戦後は「中津浜」と呼ばれ、近所の人たちがシジミなどを採ったりしていたそうです。ここはその頃「中津浜商店街」と呼ばれていて、今は「中津商店街」と呼ばれています。商店街という名前が付いているものの、小さなお店と住居が隣り合わせで並んでいるので、とても生活感のある路地になっています。
そんな中津商店街の中ほどにある冨貴工房は、戦後は漬物屋さんだった場所で、古い木造の長屋です。僕の日々のなりわいは、ヘンプやオーガニックコットン、和紙の糸などを使った衣類を草木やベンガラ、麻炭などで染めるオーダーメイドの仕事が中心です。
もう少し具体的に言うと、一番多いオーダーは地下足袋。その他、ふんどしや女性用の肌着、アイマスク、首に巻くスヌードなどを作っています。そして時折、近所の人たちや知り合いに呼びかけて、味噌や鉄火味噌、麻炭入りごま塩などを手づくりする共同作業の場を開いたりしています。
海水を汲んで大きな竈門で炊く「塩炊き」も好きなので、年に1回くらいはどこかの海辺などで合宿形式の塩炊きキャンプのような場を開いたりもしています。
また、ブックレットやジン、新聞のような印刷物を作ることも「手しごと」と感じていて、自分たちの知りたいことや深めたいことをテーマにして、いろいろな印刷物を作ったり、それをいろいろな人達に届けるような取り組みも大事にしています。
いつか、この連載企画の流れで、「実際にどこかで手しごとを通じた交流をしてみよう」みたいな呼びかけをするかも知れません。その時は、お会いできることを楽しみにしています。



この場は一体何なのか?
さて。ここで再び、「この場は一体何なのか」ということを書いていきたいと思います。
ここまでの経緯を簡単に振り返ると、僕がカムワッカと知り合ったのは、2022年のことになります。当時、僕は『暦のススメ』というブックレットを三部作という形で作っている最中でした。
そのプロセスの大詰めの頃、『暦のススメ 惑星編』のデザインに取り掛かる際に、デザインを担当している友人から「”EN COMPASS NOTE”のイラストを、このブックレットの挿絵に使いたい」という提案を受けて、このノートを制作したカムワッカに連絡をしたのが、僕たちの出会いの始まりです。


その後も、カムワッカのプロデュースする「みつろうクレヨン」でヘンプの地下足袋に色を塗ってみたり、オンラインでぬり絵をするイベントを共同で企画してみたり、色々な形でコミュニケーションを重ねてきました。その対話の中で、お互いが「何を取り扱っているか」だけでなく「どんな思いで取り扱っているのか」「どんなことを大事にしているのか」についてじっくり語り合ってきました。
そのような流れの中で、今年の春に、僕が「これから、もっと色々なにか一緒にやっていけないかな」といった漠然とした問いを投げかけたところ、カムワッカのアラタさん、のどかさん、ミネさんから「カムワッカのホームページの中で、手しごとをテーマにした連載記事を作っていきたい」という具体的な提案をいただき、何度かのミーティングを重ねて、今に至っています。
僕は、今日までに何度もミーティングを重ねていく中で、とてもたくさんの大切な言葉を受け取っています。そして今、「ミーティングの中で出てくる言葉も紹介したいな」と思っています。ブログ記事が「舞台のようなもの」だとしたら、ミーティングの場は「楽屋」みたいなものでしょうか。
楽屋では、手しごとに対する世界観、価値観について語らったり、やりたいけど出来ないと思っていることや、課題だと思っていることなどの話も出ます。例えば、僕にとってとても印象的だったのは、ミネさんの「手しごとをしたことがない人、できる気がしない人が自分(のライフスタイル)を否定されているような気持ちにならないようにしたい」という言葉です。
すべての読者を、あるがまま尊重していくありかた。とても大事なことだと思いました。この話の流れを受けて、話題は「入り口の多様性」みたいな方に流れていきました。

僕の周りも含めて、多くの人たちの中には、「自然とのつながりを取り戻そう」というようなことに少しずつ気づいていく人が増えてきていると感じてるんだけど、その一方で「二分化」みたいなものも感じていて。
みんながみんなそうってわけじゃないんだけど、「理想的な里山暮らし」が見えたとしても、「ちょっとそこまではいけない・・」みたいな拒絶的反応が生まれるっていうこともある気がして。そうならない雰囲気を大事にしたい。

カムワッカのブログの中で一番読まれている記事は、坂田昌子さんのガイドウォークに行ったときのもの。その時に「夏の野草を食べる」っていう体験をしたということを書いたら、その記事を本当に沢山の人たちが読んでくれた。
まさかそんなに読まれるとは思わずに、自分たちのメモとして残しておこうと思って書いた記事だったんだけど。その反応を受けて「野草ってそんなにみんな興味あるんだ」っていうことを実感できた。

野草という切り口は一つの例だけど、そうやって「みんなが知りたいこと」とか、「なるほどそこから入っていけるのか」と感じてもらえるような多様な入り口を作りたい。
多様な入り口をつくること
多様な入り口をつくること。そして、自分たちが考えていることや思っていることについても、一つの正解を提示するような形ではなく、問いや葛藤もそのままに、多様な声として、紹介していくこと。
手しごとへの関わり方、やったり、やらなかったり、触れたり、触れなかったりという「多様なあり方」を尊重すること。話の流れがそんな風に展開していく中で、この連載のタイトルが決まりました。
『手しごと』ウエルビーイング 〜 私とつながり、◯△▢とつながる、暮らしの『手しごと』〜
僕たちのミーティングの中では、手しごとに関係なさそうなことについて話すことも多いです。一見つながってなさそうだけど、実は深いところでつながっている。そういうことってありますよね。
多様な入り口をつくること。この連載でも、皆さんからの声も聞きながら、◯について語らったり、△について語らったり、▢について語らったり、☆について語らったり、していけたらと思っています。

僕は、本を読んで「この人に会いたいな」って思う人に会いに行くことが結構あるので、これから始まる取り組みを通じて「この人たちに会いたいな」って思ってもらったり、「この人たちの開く場に行きたいな」って思ってもらうようなところにつながっていく取り組みにしたい。
そうなると嬉しいですね。僕も皆さんと会いたいです。
一緒に手を動かしたいし、手しごとができる「場」を手作りするということも大好きなので、そういう共同創造みたいな機会ができたら、最高に嬉しいです。
いろんな形で手しごとを体験する場を開きながら、僕はこんな事を思っています。
それは、「個人が魅力や能力を磨いていくことが大事」という価値観が主流の時代から「個々の個性やどうありたいかをそのまま尊重しながら、個人を超えて場に魅力や引力があることが大事」という時代に向かっているという感覚があります。その魅力や引力が、どんな質のものか。そこには色々な考えがあると思いますが、僕はそこを探究することに非常に強い好奇心と探究心を持っています。
そして、そのような関心から、フリースクール、オルタナティブスクール、共同作業所、シェアキッチン、シェアガーデン、などのあり方を学んで「手しごとの場をつくること」に活かしていく試行錯誤を続けています。最近のミーティングでのどかさんが話してくれたことが、この話に関係する気がします。

誰かがここに立ち寄って、それぞれが自由に何かを持って帰って、それが違う姿になって立ち上がってきたり。そういう多様な色々な可能性に対して開かれている。そんなイメージを今、感じてます。
そして改めて最近思ってたことが、「楽しそうな雰囲気」に人は巻き込まれるってこと。
特に子どもたちを見ていると、「楽しそうに巻き込まれていく」っていう感じがある。なんか「正しいこと」を言っても子どもはあんまり動かないけど、やっぱ楽しそうだと動いてっちゃう。
たとえば一般的に「学校に行かない」という選択をしている子どもはマイノリティになりがちなんだけど、学校に行かなくても楽しそうにしていることで、「それもひとつの選択なんだ」っていう感覚でみんなに受け取ってもらえるって感じたことがあって。なんか理屈じゃなくて、楽しそうだとやっぱり巻き込まれていく。
これが正しい、こうすべき、ではないあり方。多様なあり方が存在していること。楽しむこと。
色んなキーワードが、ミーティングの中でたくさん散りばめられています。
ここからの1年間、手しごと、私、暮らし、というテーマにつながりながら、◯△□といった色々なことに触れ、時には深堀りしながら、皆さんとよい時間を過ごせたらと思います。
最後に、のどかさんが紡いでくれた、皆さんへの呼びかけを紹介して、今回の記事を閉じたいと思います。
私たちの暮らしの多くは、水道やガス、電気などの公共インフラや商業流通で成り立っている。
でもふと身の回りを見回せば、野原には食べられる野草がたくさんあり、庭木には梅や枇杷、ざくろや柑橘などの実りがあり、さまざまに食することができる。
ちょっと手間はかかるけれど、綿花や羊毛から糸を紡ぎ、織物にすることも身の回りの植物で染めて身につけたり、暮らしの中でさまざまに活用することができる。実は私たちの暮らしの中には、自分たちで生み出せる要素がたくさんあって、身の回りの自然は宝庫だと思う。
ここでは、そんな日々の暮らしをちょっとだけ、自分たちの手で生み出すあれこれを、その背景やそこにつながる根っこのことなど。5分でできることから、数年がかりの手しごとまで、計13回に渡ってお届けしていきます。
暮らしの中にある豊かさ、ギフト、恵み、宝もの。
そのひとつひとつをいつくしみながら。共同作業の「手しごと」として、この場をみなさんと育んでいけたらと思います。
この記事が発行されてから7日間×4週間=28日が経った頃に、新しい記事をお届けします。
次回は、「手しごと」と時間 〜手仕事がもたらす歓びと「手しごと」の時間をつくるということ〜 を予定しています。どうぞお楽しみに。
冨田貴史(とみたたかふみ) プロフィール
1976年千葉生まれ。大阪中津にて味噌作りや草木染めを中心とした手仕事の作業所(冨貴工房)を営む。
ソニーミュージック~専門学校講師を経て、全国各地で和暦、食養生、手仕事などをテーマにしたワークショップを開催。著書『春夏秋冬 土用で暮らす』(2016年/主婦と生活社・共著)『いのちとみそ』(2018年 / 冨貴書房)『ウランとみそ汁』(2019年/同)、「未来につなげるしおの道」(2023年/同)など。