連載第六回 キッチン常備薬① 〜味噌前編:味噌汁で医者いらず〜
こんにちは、『手しごと』ウエルビーイングのナビゲーター冨田貴史です。
今回はページの最後にみなさんの「お味噌とのお付き合い」について、コメントを募集します。暮らしの中のお味噌について、コメントをもらえたらうれしいです。
日本の暦でいうと、今は霜月(しもつき)。冬の三ヶ月の真ん中に当たります。
霜月は「一陽来復の月」とも言われるのは、冬至に昼の長さが最も短くなって、太陽の昇る位置が最も低くなるからです。ここが「極まって転ずる」ポイントで、冬至以降、少しずつ昼の長さが伸び、太陽の昇る位置は高くなっていきます。
そして二十四節気でいうと、冬至の後は「小寒」と「大寒」が続きます。まるで真夜中を過ぎた後に寒さが厳しくなるように、いよいよこれから冬籠りシーズンが本格化します。約5日ごとに刻まれる七十二候を見ると、西暦12月11日が第六十二候「熊蟄穴(くまあなにこもる)」になっています。
冬の山野は、けものたちの動きもおだやかになり、静かな佇まいになっています。以下、僕が20年ほど使い続けている和暦ダイアリー『和暦日々是好日 2024年版』のコラムの一部を紹介します。
「冬木立」ふゆこだち。
落葉した木々。
鬱蒼とした葉に覆われていた木々もすっかり葉を落とし、樹形や枝先の違いがはっきりとわかるようになる。
よくみると枝先にはすでに小さな芽がついている。
木々は春の準備をしてから眠りにつくものが多い。
ー以上『和暦日々是好日 2024年版」より
僕はこのダイアリーの各ページに有るコラムが大好きで、毎年読むのを楽しみにしています。冬になると、お気に入りのアーティストのニューアルバムを待つファンのように「新作が出た!」と喜びます。
熊も冬眠し、木々も春の備えをしてから眠りにつく頃、私たち人間の暮らしはどんな感じになっていくでしょう。山間部では薪ストーブに火を入れる時間も増えていることでしょう。
土間のある台所なら、アヒルや猫や犬も、竈門のある辺りに集まって、賑やかになってきているかもしれませんね。
味噌、みそ汁、みそづくり
街中にある「冨貴工房」の冬も、餅つきにみそづくりに鉄火味噌づくりと、なんだか賑やかです。
ここは元々カフェだった場所を改装せずに使っていることもあって、家事と仕事の境界線はすぐに曖昧になります。味噌汁と雑炊を炊きながら、隣で茜の根っこを煮出していたり、染液を温める横でお茶を沸かしていたりします。
そして冬は、みそづくりのために大豆を炊いていると部屋が温まるだけでなく、水蒸気と湯気が出続けることによって空気が大きく変わることを感じます。僕は春も夏も秋もみそづくりをしますが、冬にするみそづくりはそのまま保温や保湿や運動不足解消といったフィジカル・メンテナンスになるなーとしみじみ感じながら、今日もみそのことばかり考えています。
前号では、台所&厨(くりや)&キッチンにフォーカスした話をしました。その流れを受けて今回からは、台所と縁の深い手しごとを紹介していきます。たとえば、梅干し、梅酢、梅肉エキス、梅醤番茶づくりなどの「梅仕事」。食卓にあるとうれしい「養生アイテム」としてのごま塩、ゆかり、スギナのふりかけづくりなども、その効能も含めて紹介していきたいです。
そして今回と次回は、2号にわたって味噌、みそ汁、みそづくりについてのお話を展開していきます。もちろん「手しごと」という切り口で、味噌の作り方とか、材料の選び方といった具体的な「味噌をつくる」ための話もしたいのですが、味噌をつくるための「場をつくる」という話もしていきたいと思っています。
人が集まれる場づくりについての話は、これからの時代を俯瞰した時にとても重要なテーマだと思っているので、2回にわけてじっくり話していきたいと思います。そして同時に「味噌をお湯にとくだけでも、それも手しごとですよね」くらいのサイズ感の話も大事にしたいと思っています。
入口は広く、奥行きはどこまでもある。それが味噌の世界かな、と思っています。なので、ゆったりみそ湯かみそ汁でもすすりながら、ほっこりのんびり読んでもらえると嬉しいです。カムワッカの3人とのミーティングの中でも、のどかさんがこんな話をしてくれました。
たかさんは薪を割って、竈門を組んで、大鍋でみそ汁を炊き出しするような事もしていて、そういう話もとっても興味ある一方で「スモールポーション」な話も入れていきたい。簡単にできるみたいな、ちょっとの作業でできちゃう、みたいな話も一緒に盛り込まれていると嬉しいかな。
たとえばアラタくんの持っている本で、「味噌は簡単にできるよ。 なんなら大豆の水煮を使っても出来ちゃうんだよ」っていう話があるよね。それはちょっと極端かもしれないけど、なんか「そのくらいでできるんだ」っていう感覚の、「入口のハードル」を下げる何かがあるといいな。
先ほど、僕がやっている工房の日々を簡単に紹介しましたが、僕はここに住んでいたこともあるので、その頃は今以上に「台所」と「食卓」と「作業所」の境界線は、曖昧になっていました。今でもみそづくりワークショップをやる時なんかは、大豆を茹でながら昼食を作って、そこでみんなで食べてから、同じ場所でみそづくりをしたりします。味噌はその三ヶ所を行き来できる柔軟な存在。さらにどんな場所にでも連れていける存在でもありますね。
水筒にお湯を入れて、ほどよい量の味噌を入れたら「みそ湯」の出来上がり。僕は実際、出張に出る時は必ずこの「みそ湯入り水筒」を、モバイル栄養補給ドリンクとして持ち歩きます。水筒に味噌を入れてお湯をさす。好みの味が毎日変わるので「どれくらい味噌成分を欲しているのか」を知り、その日の体調チェックができます。
海外でも助かります。カナダでも、メキシコでも、サンフランシスコでも、味噌さえ持ち歩いていれば、お湯があれば「みそ湯」が出来るので、とっても助かりました。ゲストハウスに居るときも、国際会議に参加しているときも、手元にみそ湯入りの水筒を持つことで、心身の健康を助けてくれている気がしていました。まるでお守りですね。
オーガニックな味噌は、海外でも自然食品店などで簡単に手に入れることができたりするのではないでしょうか。サンフランシスコ湾の周辺の「ベイエリア」と呼ばれる界隈では、自然食品店(というかオーガニックマーケット)には必ず、天然醸造の味噌が売られていました。量り売りしてくれるお店もあったくらいです。
【写真左】アメリカのベイエリア(カリフォルニア州サンフランシスコ湾周辺)のオーガニックマーケットで一番よく見かけた味噌。このイラストのおじさんが「アメリカ人から見る、味噌を作っている人像」なのかな。
【写真右】僕の敬愛する発酵アーティスト Mariko Gradyさんは、サンフランシスコで様々な種類の味噌を作っています。アメリカ在住の方は要チェック!→「叡伝(AEDEN)」
さて。すでにエンジンがかかってしまっていますが(苦笑)、これから2号にわたって味噌のことを語りたい、と思うほどに僕が味噌を愛している理由は色々あるのですが、生まれて以来の虚弱体質を克服してきた支えになったのが、玄米、みそ汁、漬け物(梅干し含む)による「一汁一菜」の食事を軸に据える生活に切り替えてきたからだ、ということが大きいです。
虚弱体質から”医者いらず”な暮らしへ
僕は生まれてすぐに百日咳やはしかにかかり、物心ついたころには気管支喘息を患っていました。かかりつけのお医者さんには「その体質は治らない」と言われ続けていたので、ずいぶん長いこと「そうなんだ」と思い込んでいました。「お医者さんに指示された薬を朝昼晩に5錠くらいずつ飲む」という習慣も、15歳くらいまで続けていました。
「飲まないと発作が起こる」と言われていましたし、たまに飲むのを忘れると発作が起きていました。一年に何回はその発作が激しくなり、横になっていることもできなくなるくらいになると、親に病院に運んでもらって、何らかの処置をしてもらって帰宅したり、病院に一泊したり、そのまま1週間くらい入院したりしていました。生まれてからずっと自分が健康になるとは思っていなかったので、今の健康状態は奇跡だと思っています。
僕は十代半ばくらいから音楽の世界にどっぷりはまっていて、その関係でプライベートでも仕事でも、いわゆるアーティストと言われる人たちとずっと一緒にいました。そこでは、スピリチュアルな考え方や、禅やヨガ、東洋医学や代替療法、民間療法、シャーマニズムなどが普通に話されていたので、その影響で玄米を食べ始めたりしていきました。
そして、インドのヨギー(スワミ・スリ・ユクテスワ、パラマハンサ・ヨガナンダなど)や、アマゾンのシャーマン(パブロ・アマリンゴなど)やネイティヴ・アメリカンのメディスンマン(ローリング・サンダーなど)の教えと共通するものが、日本に昔からあった陰陽五行や気学などの中にあるということに気づいてからは、日本の伝統的な養生食に関心を持つようになりました。
そうこうしながらライフスタイルを変えていく実践を続けて数年たった頃、気がついたらいつの間にか風邪を引きにくくなっていたり、喘息の発作がまったく出なくなっていました。
ヨガや整体、呼吸法などの実践による影響もあると思いますが、食事によって内臓の疲れや血の汚れが改善されたり、腸の状態が変わっていったことで、高校生の頃から慢性化していた腰痛も出なくなりました。このように、食事を見直すことが心身を大きく変えることになるということを、身を持って体験してきたのがこの約20年間だった気がします。
食べ物は薬、医食同源、そんな考え方を理屈ではなく体感として受け取っていて、それによって生き方やものの捉え方、死生観まで変わってしまったのだと思います。なので僕は、色んな養生法をオススメしたいみたいな気持ちが人より強いかもしれません。
原爆と味噌
そして僕は、個人が何かを知っているかどうか、実践しているかどうかということを「その人の責任」と思っていないところがあります。それよりは、様々な知識や実践例に触れるチャンスがあるかどうかが大事だと思っています。
僕は自分の今までの環境がとても恵まれていると思っているので、恩送り(ペイ・イット・フォワード)の精神で、僕の友人や隣人や色々な人達に、養生食に出会ってもらえる機会を作りたいと思って活動しています。そんな中で、「やっぱりみそってすごいんだな」と感じた大きな要因になっている本が、長崎に原爆が投下された時に長崎市内の聖フランシスコ病院の院長をしていた秋月辰一郎が書かれた『体質と食物』です。
秋月辰一郎
(1916年(大正5年)1月3日 - 2005年(平成17年)10月20日)
長崎市出身。医師。元長崎聖フランシスコ病院院長。 長崎平和推進協会顧問。 1945年(昭和20年)8月9日に原子爆弾が長崎市に投下され、爆心地からわずか1.8キロの場所にあった浦上第一病院(現・聖フランシスコ病院)で診療中に被爆。直後より長年にわたり、被爆者の診療に従事した。医師のかたわら、原爆の証言の収集を長年に渡って行った。 著書に「体質と食物」「死の同心図」「長崎原爆記」等がある。
著者:秋月辰一郎 出版:クリエー出版
昭和20年8月9日の原子爆弾は長崎市内を大半灰燼にし、数万の人々を殺した。爆心地より1.8キロメートルの私の病院は、死の灰の中に、廃墟として残った。私と私の病院の仲間は、焼け出された患者を治療しながら働きつづけた。
私たちの病院は、長崎市の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらにわかめもたくさん保存していたのである。
その時私といっしょに、患者の救助、付近の人びとの治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出ないのは、その原因の一つは「わかめの味噌汁」であったと私は確信している。放射能の害を、わかめの味噌汁がどうして防ぐのか、そんな力が味噌汁にどうしてあるのか。
私は科学的にその力があると信じている。
「体質と食物」より引用
秋月さんの言葉の中で大事だな、と思うのはこの部分です。
「私は科学的にその力があると信じている。」
科学という言葉と、信じているという言葉が同居しているのがおもしろいです。科学は客観情報ではなく、信仰でもあるんですよね。科学とはそもそも、「こうかな?」とか「こうでは無いのかな?」という疑問や可能性にとことん向き合って、観察や臨床や実証を続けて、蓄積されてきた経験から形づくられていくものだったりすると思います。「科学的エビデンス(証拠)」と言われるものの根拠が作られる経緯を「レポート」や「研究論文」として読むとそのことがよくわかります。
そう思うと、秋月さんの先ほどの言葉は、思い込みや盲信、根拠のない思いつきではなく、ご自身の実体験や勉強してきたこと、実践してきたことの積み重ねから生まれた言葉なのだということがよくわかります。そして、そのような「積み重ね」は一人の人生の中だけではないところから積まれていくものなのだということも感じます。みそ汁、玄米、わかめ、塩、と向き合ってきた民族としての営みの蓄積が、その言葉の中に含まれているように思います。
実際のところ、原爆投下の後に「味噌によって放射線による障害を防いだ」という報告があったのは長崎だけではなかったそうです。1945年8月6日に原爆が投下された広島でも、「味噌によって原爆の後遺症が少なく済んだ」という話が幾つもあったそうです。そのようなエピソード・トークが色々な人達の声として届いてきたことがきっかけで、広島大学の原爆放射能医学研究所をはじめとする沢山の研究所で、長年にわたって(今この瞬間も)、味噌と放射能についての研究がおこなわれています。
例えば、以下のコメントは、広島大学の教授であった伊藤明弘さんによる研究論文の冒頭部分です。
広島にはご存知のとおり、原爆投下という悲惨な歴史があり、被ばくの後遺症に悩む方も多いわけですが、そうした家族の中に「みそによって後遺症が少なくてすんだ」という趣旨のお話を書いた方がいらしたのです。
さらに、チェルノブイリの原発事故の際、北欧では放射能障害を予防するために、多くの人々がヨード剤とともに、みそを食べたり飲んだりした、という話が伝わってきました。みその持つ生理作用については、ドイツの学者の研究を中心に、ヨーロッパでも高い評価を集めているという事実があります。
ドイツのハイデルベルク大学附属児童病院のシュバイゲラー博士たちは、「豆腐、みそ汁などを毎日食べる日本人の尿から、がん防止に役立つ化学物質”ゲースティン”が、欧米人に比べて30倍も多く発見された」と報告し、この研究報告は『全国科学アカデミー会報』にも掲載されました。こうしたことから、当研究所においても、発がん予防の観点から、みその生理作用について研究を手掛けることになったわけです。
ー伊藤明弘(広島大学放射能医学研究所・癌部門教授)ー
もちろん放射能対策にかぎらず、味噌の体に及ぼす効果については、日本国内に留まらず世界各地で研究され続けています。
僕は自称みそオタク(みそオタ)なので、各地の大学や研究所などによる研究レポートを配信するニュースレター「みそサイエンス」をまとめて編集した「みそサイエンス最前線」というレポート集などを読んだりして、その多様性に日々感動しています。以下、いくつかの文献をもとにして、サイエンスな話をまとめてみました。
みそに含まれる成分の効能
- イソフラボン・・・ホルモン性ガンの予防。エストロゲンの正常化。更年期障害の改善。
- レシチン・・・血中コレステロール低下。動脈硬化予防。認知症予防。
- ビタミンE・・・抗酸化力
- サポニン・・・過酸化脂質の生成防止。肝臓庇護。
- コリン・・・脂肪肝抑制
- メラノイジン・・・大便増量。血圧正常化。コレステロール正常化。腸内善玉菌増多。
ほか
みそに関する研究の一例
- 「放射性物質を除去するみその作用」広島大学原爆放射能医学研究所・癌部門教授 伊藤明弘
- 「みその成分が細胞の老化を予防する」東京大学名誉教授・大妻女子大学教授・農学博士 加藤博通
- 「みそ汁のある食事パターンが骨粗鬆症予防に効果」(財)癌研究会附属病院婦人科医長 陳瑞東
- 「醗酵によって生まれるみその老化制御機能」東京農業大学・(財)日本発酵機構余呉研究所所長 小泉武夫
- 「みそは乳癌の発生を抑える」広島大学名誉教授 伊藤明弘
- 「毎日みそ汁を飲む人にがんが少ない理由」東京農業大学・農学部教授 菅家祐輔
- 「放射線や発がん物質が消化管におよぼす障害作用をみそはどこまで防げるか」広島大学原爆放射能医学研究所・環境変異研究分野教授 渡邉敦光
- 「XYZ系微弱発光で見るみそとみそ汁の活性酸素除去能」東北大学大学院農学研究科教授 大久保一良
- 「大腸がんの前がん病変(ACF)を抑える完熟みその効果」広島大学原爆放射能医学研究所・環境変異研究分野教授 渡邉敦光
- 「みその摂取習慣と高血圧及び生活習慣病の予防について」共立女子大学 家政学部臨床栄養学教授 上原誉志夫
- 「みそのサポニンが老化の原因となる活性酸素を除去する」東北大学 大久保一完教授
- 「みそ汁の摂取量が多いほど乳がんになりにくい」厚生労働省 多目的コホート研究
- 「みそは熟成過程で抗酸化力を高める物質が生まれる」東京大学加藤博道名誉教授
- 「みその成分は血圧を下げる作用を持つ」近畿大学農学部 河村幸雄教授
これらの情報は、『みそサイエンス最前線』( 編集:みそ健康づくり委員会/ 監修:中央味噌研究所)をはじめ、今回の記事の最後にある「参考文献リスト」にあるものを元にしています。
僕は秋月さんについての話を聞いて、「味噌が放射能対策になる」という事実からもインパクトを受けましたが、「味噌をパッと出してきて、すぐに炊き出しをできている」という当時の病院のあり方に大きな影響を受けました。
「大人数のために、味噌汁の炊き出しができること」
特に僕は、2011年3月に起こった原発事故による放射能汚染に向き合う中で、そのことの意義を大きく感じています。
そんなこともあって、僕は2011年以降、岐阜の山の中で主催していた「海旅キャンプ」(※)では、大鍋でみそ汁を作って毎日切らさないようにしていたし、永田町にある国会議員会館の地下会議室で「アースデイ永田町」というイベントを皆でやっていた際にも「振る舞いの味噌汁」を大事にしてきました。
※海旅キャンプ・・・放射能から子どもたちを守るために、10組40人ほどの家族を関東・東北地方から招いて約1週間を山の中で共同生活する活動。
2023年夏におこなわれた保養イベント「風フェス関西」では息子と二人で50食の味噌汁を作りました。
新潟の阿賀野で1年に2回行われている保養イベント「風フェス」では、照晃と僕で100食分くらいの味噌汁を作って、夕食、朝食、昼食時に自由に食べられるようにしています。
そして同時に、先程ののどかさんの言葉にあるように「暮らしの中に味噌があることのありがたさ」を味わうためのハードルを下げたいと思っています。
僕は大鍋で何十人分のみそ汁をつくることもよくあるし、何十キロの味噌を仕込む機会も沢山あります。でも、そういう人は仲間(身内、近所)の中に一人でいいし、大豆、糀、塩を準備して、豆を炊く、いわば「味噌奉行」は、数人に一人でいいと思っています。
ひとりひとりは、むしろ手軽に、簡単に、味噌と親しめるような暮らし、それができる社会になったらいいなと思って、普段忙しくて自炊ができていない議員さんや秘書さんにみそ汁を振る舞ったりしている、ということですね。
そして、味噌と触れ合うハードルの一つになっているのが「みそ汁は煮立てはいけない」という考えが強く広まりすぎている、ということにあるな、ということを感じています。
そのハードルをガッと下げる助けになる素敵な本を紹介します。その本は、料理研究家で、NHKの料理番組にも登場して全国的に知られるようになった土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』です。
この本は、お料理を作るのがたいへんと感じている人に読んでほしいのです。
毎日の献立を考えるのがたいへんだという人が多いと聞きます。遅くまで仕事をしていると、家に帰ってからお料理をする気にもなれない。外のことを優先して、大切にすべき自分のことは後回しにしてしまい、ついおろそかにしてしまう。
結婚してちゃんとしようと思っても、仕事をしていると食事の支度が負担になる。一人暮らしでは面倒だ。子どもたちが大きくなって手が離れるとお料理するモチベーションがなくなる、といろいろな声が聞こえてきます。今、お料理をしない、できないという理由はいくらでもあるのです。
(中略)
だれもが心身ともに健康でありたいと思います。一人の力では大きなことはできませんが、少なくとも自分を守るというのが、「一汁一菜でよいという提案」です。
この本の中に、たくさんみそ汁が登場します。土井さんの普段食べているみそ汁も登場します。
その中には「おおー。こんなインスタ映えしなさそうなゴチャっとしたみそ汁写真も載せるのか」と思って感動、共感するような写真も少なくありません。各ページ、いたるところに、「肩の力を抜いて」「気楽に」「手軽に」食卓を見直せるヒントが散りばめられています。
味噌ってなんだろう
さて。このあたりでそろそろ、「そもそも味噌ってなんだろう」というような話に展開してみます。
味噌っていろんな言葉で使われてるじゃないですか。なんだろう。脳みそとか「そこが味噌」だったりとか。 ラーメン屋さんが体の身に基礎の礎って書いて、「味噌は身礎」みたいなことを語っていたと思うのですが、何か不思議な食べ物じゃないですか。
日本の味噌とか醤油とか、よくわかんないけど「こんなのよく思いついたよな」みたいな、その不思議さって言えばいいのかな。
じゃあ、どう原点をたどっていけばいいのか、いつも謎なんだけれども、そういうものを食べ続けているような日本食の不思議さにも触れられたらいいな。
<中国で「醤」がうまれた>
中国大陸には何千年という歴史の中で残されてきた「食」に関する文献が幾つも存在しています。その中で、今から三千年ほど前の周王朝の時代に「醤(ショウ)」という名前の発酵食品が存在していたことがわかっています。
「醤」は、中国大陸に盛んに生息するケカビやクモノスカビ、乳酸菌や酵母、塩や酒などを使って作られる発酵食品の総称で、食品でありながら、健康維持のための薬として取り扱われていました。そして、当時すでに百種類以上あったという醤をつくって管理するために「醤院」という国家機関があったそうです。
醤院では、発酵食品づくりを専門とする公務員が多数雇われていました。彼らは、醤の作り方を記録したり、公的な食卓で調理したり、公務員の勤務手当として配給する醤の在庫管理をしたりしていました。
<醤、海をわたって味噌が生まれる>
中国大陸で古くから作られてきた様々な醤は、紀元後400年~500年の頃に日本列島に伝来したと言われています。日本列島にやってきた醤は、日本各地で作られていたどんぐりや穀物をつかった発酵文化と交流を重ねながら、変化を遂げていきました。
奈良時代に編まれた「大宝律令」や「万葉集」「延喜式」といった書物の中には、「醤のような発酵食品」として「未醤(みしょう)」や「未曽(みそ)」「味醤(みしょう)」「味曽(みそ)」といった言葉が記録されています。
これらの発酵食品が、時代を追うごとに姿を変えていき、のちに「味噌」と呼ばれるものが生まれたと言われています。ただ、ぶっちゃけると、どんな書物を読んでも味噌のルーツに関する記述は曖昧で「はっきりしたことは言えないが、味噌が日本で生まれたものであることだけは間違いない」という感じだったりします。なので、アラタさんの感覚(勘?)としての「原点を辿ろうとしても無理がありますよね」的な言葉は、とても的を得たものだと思います。
ではさらに「味噌」という言葉そのものに迫ってみましょう。
<味噌は、あじかまびすしい>
味噌に使われる「噌」の字は、味噌という言葉にしか使われない、味噌のための漢字です。噌の字は日本で作られたもので「ソ」「カマビスシイ」と読みます。その意味は「がやがやしている」「にぎやかしい」というものです。一つ、文献を引用します。
味噌は、味のかまびすしい食べ物。色々な味がして、にぎやかな発酵食品。七〇一年の『大宝令』によると、宮内省大膳職に属する醤院では、宮廷用の醤、豉とともに未醤という発酵食品が造られており、これが味噌の始まりであろうという見方が多い。
「噌」という字は、日本で創られた国字であることから考えると、味噌の原型は大陸であったものが、この時代すでに日本独自のものにつくり変えられて嗜まれていたことを物語るものである。
ー小泉武夫(東京農業大学教授)『発酵はマジックだ!」より
<味噌は実際にぎやかしい>
⚫︎たくさんの成分がふくまれている
大豆、こうじ、塩からつくられる味噌は、発酵の過程で沢山の栄養素を生み出す。アミノ酸、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンE、ビタミンK、カリウム、炭水化物、食物繊維、鉄、タンパク質、葉酸、亜鉛、カルシウム、灰分、ナトリウム、脂質、ナイアシン、リン、一価不飽和脂肪酸、銅、飽和脂肪酸、パントテン酸、多価不飽和脂肪酸などなど。
⚫︎いろいろな味がする
こうじの甘み、ナトリウムのしおからみ、乳酸菌のすっぱさ、エタノールのさっぱり感、マグネシウム(にがり)のにがみ、アミノ酸のうまみなど、色々な味がする。味噌をつくる季節、地域、配合、などによっても味がかわる。
⚫︎いろいろな効能がある
いろいろなかたちで体を助ける。みそはくすり。体の働きを整えるために、いろいろな働きをする。
⚫︎いろいろな地域で作られている
地域ごとにちがう。家ごとにもちがう。日本列島津々浦々、たくさんの味噌がある。
⚫︎いろいろな原料で作られている
原料から見ると、その多くは、米みそ、麦みそ、豆みそなどに分けられる。それ以外にも、ソテツの実を使ったソテツ味噌や、ヒヨコ豆(チクピー)、小豆、どんぐり、甘藷を入れた味噌もあります。僕も、麻の実や麻炭、松の実、クルミ、などを入れて仕込むことがあります。
ここでは、代表的な「米みそ」「麦みそ」「豆みそ」を紹介します。
- 米みそ 大豆+米こうじ+塩=米みそ。米みそは最もポピュラー。こうじの割合や塩加減、熟成期間などによって甘い味噌、辛い味噌、白い味噌、赤い味噌などができあがる。
- 麦みそ 大豆+麦こうじ+塩=麦みそ。大豆に、大麦に糀をつけた「麦こうじ」をあわせてつくる麦みそは、地域性の強い味噌。主な産地は、九州、四国、沖縄、瀬戸内などで「田舎みそ」とも呼ばれている。
- 豆みそ 大豆に糀をつけた「豆こうじ」に塩と水を混ぜ込んで長期間寝かせてつくる豆みそは、味噌のルーツとも言われている。蒸した大豆にコウジカビをつけて豆こうじにし、塩と水を加えて大きな木桶に仕込み、三年以上寝かせる長期熟成の豆味噌造りは、愛知、三重、岐阜などで続けられている。
◯ △ ▢
以上、みそオタからの「味噌ってそもそもなんだっけ」な話でした。そして、あらたさんが語っていた「日本食の不思議さ」についても触れておきたいと思います。先ほど紹介した土井善晴さんは、著書の中で「日本の食文化」という言葉を使って書いています。
他の生き物がそうであるように、人間も、体内で吸収できる栄養素となるものを、食べる前から知っていたように思うのです。少なくとも、現代の私たちが想像もできないほどの能力があったことは間違いありません。
アク抜きなどの複雑な工程を含む調理も、だれからも教わることなくおこなっていた。生き残るために、人間は察知する能力を持っていたことでしょう。そして、ゆっくりと長い時間を掛けて食べられるものを増やしてきた。微生物が環境に適応するための合理性が、結果として美しい文様を作るように、小さな秩序が積み重ねられて、民族の見事な食文化ができたのです。
「一汁一菜でよいという提案」より引用
みんな、味噌汁、どんな感じで食べてる?
わいわいがやがや。多様なあり方。味も効能も少しずつ違う、それぞれの味噌。家ごとに味が違うし、使い方も違う。地域ごとにも違うし、同じ材料を使っても、仕込んだ季節によって味が変わる。でも、どれも味噌。多様なライフスタイルの中で、味噌やみそ汁はどのように親しまれているのでしょうね。
そんな疑問を、ミネさんが言葉にしてくれています。
味噌汁って、ご飯の時に食べるものみたいな感じがあるけど、小腹が空いた時におやつ的に食べるお味噌汁って、お菓子などを食べるよりいいなって思う。そうすると、食事用に作るというよりは、常に味噌汁があるみたいな状態で、ストーブの上に置いてあるじゃないけどさ、 煮詰まっちゃうかもしれないけど、常に食べることのできる状態にあるっていうのもいいなって。だから、みんな味噌汁をどうやってんのかなと思ってさ。
例えば、一般的には「味噌汁を毎日飲まないよ」って人もそれなりにいると思うね、現代生活の中では。逆に、タカさんとか、 オオシマオーシャンソルトの阪本家の皆さんは、毎日食べていると思う。で、みんな、味噌汁ってどのくらいの頻度で、どのくらい食べてんのかなっというのは、単純に個人的にはちょっと興味がある。
宇井家とかって、多分朝食からご飯食だから、味噌汁がよく出たりするんじゃないかなと思うけど、どんな感じで味噌汁って食べてる?
我が家は基本毎日お味噌汁。材料とか気分によってスープ の日もあるけど、汁物は基本的に毎日飲んでる。
お味噌汁もスープもまとめて重ね煮をしておっきい鍋で作るんだけど、場合によっては新しい具や味噌など継ぎ足して1〜1日半かけて飲む感じ。3〜5Lの大きなお鍋で作っても、みんなたくさん飲むから1日ちょっとしか持たないかな。うちの汁物は具がすごくいっぱい入って、ありったけの野菜を突っ込むぐらいの具の量なんですけど、タカさん家はどんな感じですか。
僕の家と工房には、常に色々な味噌が混在していますね。ツボや樽やタッパーの中で混ざったりもしているし、ラベリングを怠ると、まじでなんの味噌か覚えてない、みたいな味噌もたくさんあります。
そして、執筆や染めなどの仕事をするテーブルの上には常に味噌があります。僕は日中の仕事の間、たいてい三年番茶か野草茶を淹れているんですが、このお茶に味噌や梅干しを入れて「みそ湯」や「梅湯」を作って飲んでます。
あと、大きなイベントがあると、僕はよく大鍋でみそ汁を作る係になるんですけど 「煮立ててはいけない」っていうのについて言及したいと思ってます。
みそ汁、全然煮立てていいでしょう。愛知に住んでいた時に「味噌煮込みうどん」と「味噌おでん」に囲まれて過ごしていた影響もあってか、僕はずっと煮込んでます。鍋に昆布やきのこ、野菜などを入れて、薄めに味噌を入れてじっくり煮込んでから、最後に火を止めてから味噌を足して味を調整する。または、薄めに作って、食卓に持っていって、好みに合わせてお椀の中に直接味噌を足してもらう。煮立てると、みそ汁が劣化しにくいので、毎日ずっと、継ぎ足し継ぎ足しができます。
1ヶ月も経つと、「秘伝のスープ」のようなコクが出ます。「みそ汁は煮立ててはならぬ」が掟みたいになっていたら、毎日つくるのキツイだろうな、と思います。そうなると、1回ごとに使い切るしかないんだけど、なんかそれって一部の料理教室の意見だな、みたいに思っています。
その意見をまったく否定しませんが、それも多様なありかたのひとつに過ぎないのにな、と思うんです。味噌汁のありかたは、ほんとうに多様でいい。そして、その人のライフスタイルにあった、気楽なあり方が尊重されることを心から願います。
土居さんもそう言ってます(って、引用してばかりですみません。本当にオススメの本なんです)
味噌汁の温度・・・さらりとした具の少ない味噌汁は、煮えばなの熱いところをすすると、味噌の風味をいちばんよく味わえておいしいものです。でも、一度沸かした味噌汁ならば、熱々にこだわらなくても、それなりの温度でおいしいのです。熱々は触覚の楽しみ、おいしさは味覚の楽しみで、別物なのです(煮えばなとは、汁が最初に熱く煮上がったいちばんおいしい瞬間のことです)。
みなさんはどんな風にお味噌とお付き合いしていますか?お味噌汁についてはどうですか?こんな風にしているよ?とか、こんなことを思っているよ?とか、ここがギモンとか、なんでもいいので、暮らしの中のお味噌について、コメントをもらえたらうれしいです。※ページの下にコメントフォームがあります。
わいわいがやがや、かまびすしく、多様な、味噌と僕達の生態系について、語らいの時間を続けていけたら嬉しいです。もちろんみんながわいわいがやがやしている時に静かにしている、というあり方はすごく大事な、多様なあり方の一つだと思いますので、黙々と読んでもらえても、嬉しいです。
そして次回は、味噌のつくり方、味噌をつくる場のつくり方、その歴史と今、などについて、楽しく書いていけたらと思います。お楽しみに!
今回のオススメBOOK
- 『体質と食べ物』著者:秋月辰一郎 出版:クリエー出版
- 『一汁一菜でよいという提案』著者:土井善晴 出版:新潮社(新潮文庫)
- 『みそ文化誌』編集:みそ健康づくり委員会 発行:全国味噌工業協同組合連合会・中央味噌研究所
- 『みそを知る』発行:みそ健康づくり委員会 監修:中央味噌研究所
- 『味噌』編集・発行:秋田書房
- 『みそ汁の本』発行:みそ健康づくり委員会
- 『みそサイエンス最前線』編集:みそ健康づくり委員会 監修:中央味噌研究所
- 『本朝食鑑 1』著者:人見必大 発行:平凡社
- 『すべてがわかる!「発酵食品」事典』編集:小泉武夫・金内誠・舘野眞知子 発行:世界文化社
- 『発酵はマジックだ』著者:小泉武夫 発行:日本経済新聞出版社
- 『いのちとみそ』著者:冨田貴史 発行:冨貴書房
- 『ウランとみそ汁』著者:冨田貴史 発酵:冨貴書房
- 『ウランといのちの声を聴く』著者:冨田貴史 発行:冨貴書房
冨田貴史(とみたたかふみ) プロフィール
1976年千葉生まれ。大阪中津にて味噌作りや草木染めを中心とした手仕事の作業所(冨貴工房)を営む。
ソニーミュージック~専門学校講師を経て、全国各地で和暦、食養生、手仕事などをテーマにしたワークショップを開催。著書『春夏秋冬 土用で暮らす』(2016年/主婦と生活社・共著)『いのちとみそ』(2018年 / 冨貴書房)『ウランとみそ汁』(2019年/同)、「未来につなげるしおの道」(2023年/同)など。