Taguchiのスピーカー 中島 学さん、田口 明容さん インタビュー

写真:(右)田口音響研究所 田口明容さん (中)タグチクラフテック 中島学氏さん (左)カムワッカ 宇井

●Taguchiスピーカー黎明期

宇井:まず、Taguchiスピーカーはどのような経緯で生まれてきたのでしょうか?

中島:コンサートや劇場で使用される業務用スピーカーを作りだしたのが始まりです。 40年ぐらい前になるのかな。昔、日本にコンサートなどを専門とする音響屋さんってなかったんですよ。いわゆる舞台作ったりもする舞台屋さんが 映画館のスピーカーなんかを持ち込んでコンサートをやってたんですね。ただ、所詮映画館のスピーカーなので、届けられる範囲も限りがありますし、ビートルズなんかの時もそうだったらしいんですけど、もう歓声で何も聞こえなくなってしまうような。 

で、だんだん日本でも舞台音響専門のPA業者というのがでてくるようになったんですね。
でもその頃は、海外の色々なコンサート用のスピーカーもあったんですけど、ドルも高かったですし、日本の音響会社も海外のスピーカーをなかなか買うことができなかった。 
そこで日本の舞台音響会社は、各社オリジナルスピーカーを持つようになったんですね。 そのお手伝いをしていたのが田口(故・田口和典氏)でした。なので、その頃は大型スピーカーをたくさん作っていました。

けれど、だんだん海外アーティストも来日するようになって、その頃のスピーカーシステムというのは、海外から持ってくることは少なくて、日本で全部用意をしてたんですね。オペレートは外国のそのアーティスト付きのオペレーターがするんですけど、初めて使うスピーカーでオペレーションするようなこともあったりして、そのうちに海外で使っているスピーカーを持ってる音響屋さんに仕事を出すようになったんです。それで海外で流通してるスピーカーを持つ音響屋さんが増えてきて、音響屋さん同士で、機材の貸し借りっていうのが、ひとつのビジネスになったんですよ。例えば「東京ドームでコンサートをやりますよ。スピーカー10台足りません。」 となった時に、同じスピーカーを持ってる他の音響屋さんに、そのスピーカーを借りるレンタル業務というのも、一つのビジネスになったんですね。

結果、 今、ポップスとか、大型コンサートで使われてるスピーカーっていうのは、ほぼワールドスタンダードなスピーカーが使われてるのが 現状ですね。
それはそれでひとつのビジネスとして成り立ってる部分もあるので、このマーケットを田口が追求してもしょうがないっていうか、やっぱり日本ならではの、日本人の耳に馴染む音を再生するスピーカーを作ろうと。 それを追求しだしたのが今のTaguchi(タグチ)の始まりです。

写真:タグチクラフテック 中島学氏さん

●日本人の耳に馴染む音

宇井: 日本人の耳に馴染むスピーカーという話をお聞きして、言語体系によって脳の使っている領域が違うということを発表している方がいらっしゃいますが、そういうことも関係しているのかもしれませんね。

中島:そういうことだと思いますね。ある音響博士の方がおっしゃっていたのですが、日本人ってすごく耳が敏感な人種らしいんですね。それに対して、西洋人というのは高域が 聞きづらい人種らしいんです。なので、海外のスピーカーって比較的高域が尖ったような音のスピーカーが多い気がします。それは日本人からしてみたら痛いんですよ。キンキンうるさい。なので、まあ、日本人の耳に馴染むようなスピーカーの音というのは、そういうところもポイントになるのかもしれませんね。

宇井:納得です。私はモスキート音とかスーパーのネズミ避けなど、高周波が痛くて苦手なんですけど・・

中島:聴こえるんですか?

宇井:はい

中島:若いですねー(笑)

宇井:いえいえ・・・(笑)だから、スピーカーによってやっぱり痛いっていう感じがあって。痛くないというか、Taguchiのスピーカーが気持ちいいって感じたのはソコだったんだと思います。

中島:痛いっていうのもありますし、あとは大きい音でも会話ができるっていうところもありまして。

宇井:確かに

中島:普通のスピーカーだったら大音量で鳴っている場所では、隣りの友人に「あのさー!」みたいな大声で話さないと聞こえない。だからもう音楽聞いても話し疲れてしまう。

宇井:何年前だっただろう?田口さんにご一緒いただいて、、、Nick the Recordが出演するVENT(南青山のクラブ。Taguchiスピーカーが導入されている)イベントで、普通に話せてびっくりした記憶があります。音と音の間に、みんなの会話も一緒に聞こえて。

明容:そうなんですよ、普通このぐらいの距離で大きな声で叫ばないと聞こえない状況って、大抵外出たらもう耳がキンとしちゃって、何言ってるかわからない。耳が麻痺しちゃう。ただVENTさんの場合だとそれがなくて、不思議なことに。

写真:田口音響研究所 田口明容さん

中島:そうなんですよね。

宇井:一般的には周波数特性とかスペックとかの数字で表す部分があったりしますが、例えば、大音量の中でも話しやすいっていうのは、つまり干渉を受けにくいということでしょうか?

中島:1つはですね、PAスピーカーって、ほとんどがコンプレッションドライバーというものを使ってるんですよ。ホーン付きの高域を出すスピーカーなんですけど、すごい直進性のあるバシっていく、まあ迫力はありますけど、、、 Taguchiも昔はコンプレッションドライバーを使ったスピーカーをたくさん作ってました。ただ、これは、やっぱり痛い音なんですよね。で、田口は晩年には「コンプレッションドライバーはもう使いたくない」って言って、コンプレッションドライバーを使わないで、どうバランスのいい音のスピーカーを作るかっていうことをすごく研究してました。

よく田口が言ってたのが、音のたたずまいとか気配をどう再現するかっていう。これってすごく抽象的な部分もあるかもしれませんが、その音の奥行き感とか、そういうものをすごい大事にしていましたよね。あとは、田口が常々言ってたのが「鳥肌の立つ音」っていう表現。これは何かって言うと、スピーカーを作る時に、当然ながら測定器を使ってデータを取りながら チューニングするのですが、 データが綺麗だから、それがいい音か、心に響く音かって。そうじゃないんですよね。田口の場合は、データは当然参考にしますが、それに囚われず、最後は鳥肌が立つかどうかっていう、そういう感覚を大切にしていましたね。

宇井:身体感覚というか、身体の感性に基づいて最終的には決定していくという。

中島:そうですね。うちが力入れてる平面スピーカー。一般的なスピーカーは円錐形のコーン型スピーカーなんですけど、平面ユニットというのは理論的にすごく自然の音に近い音を再生するスピーカーなんです。で、これは笑い話で、 田口のスピーカーは犬が反応するっていう。犬の鳴き声を再生したら、犬がみんなこっちを振り向くって先代は言っていました。

宇井:犬なんてほんと耳がいいでしょうからね、振り向くってことは。ほとんど加工されてないって感じがするってことですよね。

中島:そういうエピソードなのかなと受け取ってますけどね。

明容:似たような話で、掛川で僕が実際にあったんですけど、山の中で植樹祭のイベントで、セレンディピティシリーズ(※1)のLITTLE BEL(スピーカー)で自然音を鳴らしていたら、 野鳥がそのLITTLE BELのところに飛んできてとまったんです。

写真:LITTLE BEL

宇井:本当に、それくらい自然な音なんですよね。うちの子どもたちもTaguchiスピーカーが大好きで家で聴いているんですけど、高校生の娘は「家のスピーカーで聞くと、外で音を聴いても気持ちいいと感じないんだよね」とか、イヤホンじゃ無理だから家で大きな音かけながら宿題するとか、最近言っていて・・・

中島:イヤホンとかって今 すごい普及してるじゃないですか。確かに便利なものだと思います。もちろんイヤホンは否定しないですよ。ただ、否定はしないですけど、イヤホンというのは音の情報をダイレクトに 耳の中にガツンと入れるようなもんなんですね。イヤホンならではの臨場感もありますが、やっぱり音って空気の振動なんで、、、外ではね、イヤホンとか便利と思いますけど、家では、スピーカーを通して音の空気感を味わってほしいですよね。

宇井:そうですね。伝わる部位が全然違いますもんね。その音の波がこの耳なのか、身体全体なのか。

中島:そうですそうです。五感ってあるじゃないですか。 視覚は目でしか判断できませんよね。味覚っていうのは口でしか判断できませんよね。 唯一五感の中で、音っていうのは2つの器官で感じることができるものなんですね。1つは耳。もう1つは肌なんですよ。

例え話がありまして、人間の可聴領域っていうのがありまして、20キロヘルツ以上の音は人間には聞こえないんですね。 20キロヘルツ以上の音を超音波って表現をするんですけど、ただ、山とか自然で音を測定すると、20キロヘルツ以上の音がバンバン飛び交ってるんですよ。鳥の声だったり、せせらぎだったりとかですね。 それが、人の耳では聞こえてないんです。ただ、それを肌で感じてるんですよね。自然に行くと癒されると感じるのは、そういうことも関係しているのではないかと言う方もいらっしゃいますよね。

宇井:今でこそ、こういう本もいっぱい出ていて、こういう話、 解明されつつある部分もあるのかもしれないですけど、Taguchiスピーカーはそれをずっと肌感覚で作ってらしたってことですよね。

●中編「空間を音が繋ぎ、 音と景色、音とその時間を深める」(近日配信)につづく

※1:セレンディピティ・シリーズ・・・コンサートや設備音響のプロオーディオ・ブランド「Taguchi(タグチ)」がリリースする、より身近なライフスタイル・スペースに向けたスピーカーシステム・シリーズ。CAMWACCAのオンラインストアでも人気の「LIGHT」や「LITTLE BEL」「REX-060」などがある。

インタビュー記事

オープニングページ

●前編:日本人の耳に心地良いスピーカーとは(当ページ)

●中編:空間を音が繋ぎ、 音と景色、音とその時間を深める(近日配信)

●後編:田口和典という特別な存在。そして今後の音空間づくり。(近日配信)

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